おおさき せつ こ
大崎 節子
プロフィール 長崎県出身 1934年生まれ。5歳の時両親の仕事の都合で上京。バレエは3歳の頃から始める。戦時中は中断。
疎開(佐世保へ)。終戦と同時に好きな踊を始める。芸事が好きで高校・大学で演劇部ダンス部を経験。その間もバレエを修業。大学卒業と同時に引退。2年間地元の高校の教師を努め上京。児童舞踊研究所に所属。学校ダンスの講師として夏期・冬期と日本全国を廻る。3年近くで辞め結婚。3児の母親となり家事に専念。
1999年軽い脳梗塞により右半身に軽い障害を覚え、リハビリと趣味を兼ねスポーツクラブで2002年再びバレエを始める。とにかく踊ることが好き。
経歴
1953年 長崎県立佐世保北高等学校卒業
1957年 相模女子大学卒業
1957年〜1960年 佐世保女子高等学校教諭
1964年 上京して結婚
2000年〜2002年 実家の保育園園長を務める
2006年〜 香瑠鼓先生に師事、現在に至る


名前 ヤザキ タケシ
プロイール 81年俳優養成所に入所する。その後グローバルな可能性と抽象性に引かれダンスに転向。
89年NYへ留学。
93年〜98年、MATOMA france-Japon数多くの主要国際ダンスフェスティバルに毎年ソリストとして参加。
97年より自らのカンパニー(ADC アローダンスコミュニケーション)を主宰し、人が生きて行く事の普遍性をテーマに、フィジカル・シニカル・コミカルに創作を試みている。
98年バニョレ国際振付賞ノミネート。99年白いビニールテープを使用した「スペースシリーズ」がフランスで話題となり、海外からの招待公演も多数。(エクサンプロバンス国際ダンスフェス、ミモス国際マイムフェス、ソウル国際即興フェス、テジョン国際振付フェス他多数)。それと並行し地方での公演・ワークショップ・ギャラリーパフォーマンスなど日本でのダンスの裾野を広げるべく精力的に活動している。
 (またミシェル・ケレメニス(仏)、ビンセント・マントソー(南ア)、マイケル・シューマッハ(米)、ヘッドロングダンスシアター(米)グラフィックアーティストのアンジェラ&ラファエロなど海外のアーティストとのコラボレーションも行っている)
経歴
  1981年 俳優養成所に入所
1989年 NYへ留学